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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)1169号 判決

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は控訴人に対し金八〇万円及びこれに対する昭和五七年九月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、第二審を通じてこれを五分し、その二を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

三  この判決は第一項1に限り仮に執行することができる。

事実

一  控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金二〇〇万円及び内金一二〇万円に対する昭和五三年一月一日から、内金八〇万円に対する昭和五七年九月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次に補正するほかは、原判決事実欄の「第二 当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二丁表一一行目に「九番地」とあるのを「九番」と、同三丁裏一行目に「説明」とあるのを「説明し、」と、同じ行から同二行目にかけて「知り得たものであつたので」とあるのを「これを知り得たのであり」と、同三行目に「被告は」とあるのを「被控訴人において」とそれぞれ改め、同じ行の「ものである」のあとの「、」を「。」に改める。

2  同三丁裏七行目に「測量の結果、仮り客観的面積と異る」とあるのを「測量の結果が、仮りに実際の面積と異なつている」と改め、同四丁表六行目の「木信雄」のあと及び同丁裏三行目の「以降」のあとにそれぞれ「、」を付する。

3  同四丁裏八行目の「原告が」のあとに「その」と、同五丁表九行目の「山本に」のあとに「対し」とそれぞれ付け加え、同一〇行目の「委任した」のあとの「、」を「。」に改める。

三  証拠に関する事項(省略)

理由

一  請求原因1、2の事実はいずれも当事者間に争いがなく、いずれも原本の存在及び成立ともに争いのない甲第三号証、乙第一号証、いずれも成立に争いのない甲第二号証の一、二、乙第二、第三号証の各一、二、第五ないし第七号証、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果、原審における被控訴人本人尋問の結果の一部並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  本件土地は、もと訴外技研工業株式会社の所有であつたが、同会社の破産に伴いその破産財団に組み入れられ、破産管財人の管理するところとなつた。小柳理八は右破産管財人から本件土地の処分を委されたところ、被控訴人は、昭和四八年八月ころ、転売の目的で小柳からこれを金一億〇五〇〇万円で買い受け、右代金全額を支払つた。

2  そのあと、小柳は、被控訴人の承諾のもとに、同年九月二九日、山本建設に対し本件土地を代金は金一億〇五〇〇万円とするが、坪当りの価格を金五七一三円とし、後日実測のうえ、精算する旨の約定で売り渡し、右代金のうち手付金九〇〇〇万円は山本建設から小切手で小柳に支払われ、小柳から被控訴人に手渡された。このように、山本建設との売買を被控訴人ではなく小柳がしたのは、本件土地には小柳を権利者とする所有権移転仮登記がされており、小柳が前記破産管財人との関係を慮つてそうすることを主張したためである。また、代金を被控訴人が小柳から買い受けたのと同額の金一億〇五〇〇万円としたのは、実測した場合、本件土地についてはかなりの、いわゆる縄延びが出ることが予想され、代金額を右のように定めても、相当の利を博することができると判断されたからであつた。ところが、右売買の翌日である同月三〇日、被控訴人は、小柳が山本建設に働きかけて本件土地の実測面積を実際よりも少なくし、少なくした分の代金相当額を両者で折半しようとしているとの情報を入手したので、早速、小柳との間で、本件土地の実際の所有者は被控訴人である旨の覚書(乙第二号証の一)を取り交すとともに、小柳をして山本建設からの残代金受領のための委任状(乙第二号証の二)を差し入れさせ、山本建設に対し同年一〇月二六日付内容証明郵便で本件土地の実際の所有者は被控訴人であるから残代金は被控訴人に支払つてほしいこと、本件土地の実際の所有者が被控訴人であることを裏付ける証拠として右覚書及び委任状の写を別便で送付することを通知した。しかしながら、山本建設は、本件土地の売込みから売買契約成立の過程を通じて交渉に当つたのは主として小柳であつたし、売買契約も小柳がしたことから、売主は小柳であるとの認識を変えなかつた。

3  ところで、売買の際、本件土地の実測を売主、買主のいずれが担当するかについて、売主である小柳からは、測量士に知り合いがいないので、買主である山本建設の方で適当な知り合いがあれば頼んでほしい旨の申出があつた。そこで、山本建設は、同会社で必要とする測量のほとんどを担当している控訴人の名を挙げ、控訴人に頼んでもよいかどうかを確かめたうえ、自らの名義で控訴人に本件土地の測量を依頼した。

4  現場での測量は同年一〇月中旬に実施された。このとき現地には山本建設の代表者である山本昭と小柳しか臨場せず、そのため控訴人は、隣接地所有者の立会いを求め、境界を確認してからでなければ、測量はできない旨を言つて一旦は測量の実施を断つた。ところが、小柳において「測量図面は取引の資料にするにすぎないので、取り敢えず同人の指示する測点に従つて測量し、そのなかに食い込む形となる訴外守屋某所有の土地についてはその公簿面積を差し引くという方法で本件土地の面積を算出してほしい。隣接地との境界は後日確定する。」と言うので、控訴人は、隣接地との関係では官民有地とも境界を確定せず、小柳の指示どおりに土地を測量し、本件土地の面積を算出した。その結果、本件土地の面積は一五、一九一坪と算定され、控訴人は、測量図及び面積計算書を作成して、同月二五日ころ、依頼主である山本建設にこれを交付した。

5  その後、山本建設を通じて右測量図等を入手した被控訴人は、測量知識を有する知人にこれを調べてもらつたところ、いくつかの疑問点が指摘されたので、改めて独自に専門の業者に依頼して本件土地の測量を実施した。その結果によると、本件土地の面積は控訴人の測量の結果によるよりも約七二〇坪ほど多かつたので、被控訴人は、昭和四九年三、四月ころ、山本建設の事務所に被控訴人、控訴人及び山本建設の代表者山本昭ら関係者が参集した席上、右測量を担当した業者をして控訴人の採つた測量方法が当を得ていないことを説明させ、また控訴人も控訴人の測量は前記の方法によつたものであることを認めたので、山本建設に対し右被控訴人が依頼した専門業者の測量結果に基づいて残代金の精算をするよう要求したが、山本建設は、控訴人の測量結果を盾にこれに応じようとしなかつた。そこで、被控訴人は、責任追求の矛先を控訴人に向け、控訴人に対し昭和五〇年四月二一日付内容証明郵便で控訴人に測量の依頼をしたのは被控訴人であることを前提としてその測量結果に誤りがあつたため損害を蒙つたことを理由に金五〇〇万円を請求したが、控訴人が、控訴人の測量は山本建設の依頼に基づき小柳理八の指示に従つて実施したもので控訴人と被控訴人間には直接のかかわりはないことを理由に右請求を拒絶したので、前訴を提起するに至つたものである。

6  なお、小柳と山本建設との間では、昭和五〇年六月一〇日ころ、両者が改めて依頼した控訴人とは別の業者による測量結果に基づき被控訴人には内密に残代金の精算が行われた。

以上の事実が認められ、原審における被控訴人本人尋問の結果中、右認定に反する部分は前掲各証拠と対比してたやすく措信し難く、ほかにこれを覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、控訴人に対し本件土地の測量を依頼したのは山本建設であつて、控訴人と被控訴人間には右測量に関し委任、請負等の契約関係は存在しないのであり、しかも、控訴人は、小柳理八の指示するところに従いその測量結果が山本建設と小柳間の売買の資料に供されるにすぎないとの認識のもとに、本件土地の測量を実施したのであつて、このことは依頼主である山本建設も了承しているところというべきであるから、たとえ、控訴人が実施した測量の結果算定された本件土地の面積が実際のそれより少なかつたからといつて、被控訴人が控訴人に対し委任、請負等の契約上の責任はもとより、不法行為上の責任も問い得ないことは明らかであり、被控訴人が前訴で敗訴したことは、けだし当然のことといわなければならない。原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、前訴の提起当時、山本建設との本件土地の売買における売主は小柳ではなく被控訴人であり、控訴人に対する本件土地の測量の依頼も山本建設を通じて被控訴人がしたものであるとの認識を持つていたことが認められるが、しかし、これは被控訴人が本件土地の実質上の所有者であつたことから発した被控訴人の全くの主観的認識にすぎず、現に被控訴人は、測量図面等が作成されるまでの間に控訴人とは一面識もなく、本件土地の測量について、控訴人に対し何人が、どのような依頼や指示をしたかについてさえ、ほとんど客観的な事実認識を有していなかつたことは右証拠に照らして明らかである。そうだとすれば、被控訴人は、前訴の提起に先立ち、まず、控訴人に対し測量図面等が何人の、どのような依頼や指示に基づいて作成されたかについて事実の確認をすることが通常人の採るべき常識に則した措置というべきであり、そのような措置を採つていれば、被控訴人は、容易に先に認定した測量図面等が作成されるまでの経過事実を把握することができ、したがつて、控訴人に対し本件土地の測量につき損害賠償の請求をすることは、本来、筋違いであることを知り得たものというべきである。それにもかかわらず、被控訴人は、先に認定のとおり、山本建設に対し自己の依頼した専門業者の測量結果をもとにした残代金の精算を要求して拒否されるや、矛先を転じて控訴人に金五〇〇万円の損害賠償の請求をし、これも拒否されると、いきなり前訴提起の挙に出たものであつて、被控訴人は、前訴の提起当時、前述した事実確認の措置を怠らなければ、控訴人に対する請求が理由のないことを知り得たものであるから、被控訴人による前訴の提起は控訴人に対する不法行為を構成し、したがつて、被控訴人は控訴人に対しそのために蒙つた損害を賠償すべきである。

二  そこで、右損害について判断するに、成立に争いのない甲第一号証、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人は、弁護士鈴木信雄、同奥野兼宏の両名に対し前訴に関する訴訟事務の処理を委任し、報酬等として金八〇万円を支払つたことが認められるところ、右甲第一号証によつて認められる前訴における被控訴人の請求金額、当事者双方の主張及び証拠関係等、審理の経過に照らすと、右報酬金額は前訴のような事案の弁護士報酬として相当なものと認められる。

そのほか、控訴人は、前訴の提起によりその主張のような精神的損害を蒙つたと主張するが、右損害は、控訴人が前訴において勝訴し、また、本訴において前訴に要した弁護士費用に相当する損害全部の賠償請求が認容されればひとまず満足を得られるものと考えられ、ほかに特段の事情の認められない本件においては、右精神的損害を独立に賠償の対象とするまでの必要はないと解されるから、この点に関する控訴人の請求は理由がない。

したがつて、被控訴人は控訴人に対し右弁護士報酬相当の損害金八〇万円とこれに対する前訴の判決確定の後であることが弁論の全趣旨に照らして明らかな昭和五七年九月一六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

三  よつて、控訴人の本訴請求は右説示の限度で理由があるからその範囲でこれを認容し、その余を失当として棄却すべきであり、右と一部結論を異にする原判決は右説示の限度でこれを変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

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